2019-04-04

サーツスペイン紀行

 20代前半と思える色白の女性は、主翼が見渡せるやや後部の窓側席に座っている。厚い雲に覆われた午前のフライトは暗く、滑走路の端は霞んでいる。離陸の指示を待つ機内には回転を上げたエンジン音で震えた。キャパ五百数十名の旅客機は見渡す限り空席が目立っている。 ビジネスクラスがあるはずの客席はカーテンで仕切られてはいるが、なぜか客の気配に乏しい。隙間から見える正面には離陸を間近にしたスチュワーデスが着席し、スポットライトに浮かぶ彼女らの顔が青白く見えた。 離陸を始めた機体は機首を上げ、上空を覆った暗雲層に突入して行く。夜かと思うほど暗かった。遠くで何本もの稲光が光った。窓に頭部を寄せた彼女の横顔が閃光のたびに浮き出される。機体は上昇を続け、窓のすぐ横には稲妻が走った。それはまるで戦場シーン。 しかし、窓際の彼女はそれに動じる様子も無く、離陸の時とまったく同じ姿勢で外を眺めている。その横顔は微笑んでいるかのようにも見て取れる。かなりな時間が流れた。飛び立って数時間は経っているはずなのにまだ成層圏(10~15㎞)、雲のないところまで到達しない。 相変わらず暗い雲の中を上昇し続けているのだ。これはおかしい。まさに異常事態。そのとき、窓際の彼女が腕の時計に目をやった。その瞬間、まばゆいばかりのブルーの世界が広がった。「マリンブルー!」。そこはエメラルドに輝く洋上であった。そこに機内アナウンスが流れた。「ただ今当機は無事海面に浮上致しました・・」。愛犬クーの鳴き声で目が覚めた。  これはバルセロナへ旅立つ数日まえに見た本当の「夢」。めったに見ないリアルな「夢」でした。自身の深層心理に多少の不安を感じながらも無事バルセロナ空港に降り立っていました。

高級ホテルではないが結構知られた三ツ星を紹介してくれた旅行社のおかげで、なんなくホテルへチェックイン。が、三階にある部屋へ入り「さぁ!ランブラス通りの賑わいをベランダから眺めて見よう」と、窓を探すが「ないっ!」イミテェーションの窓があるだけなのです。 タクシーから降りたとき「ここかぁ!」とホテルを見上げ、階上のベランダから誇らしげに下界を見ている私自身を見ていたのです。すぐさまフロントに直行。とりあえず持参したガイドブックを片手に交渉開始。 言葉ができないということはホントに辛い。フロントの近くにはそれらしき窓はなく、ページをめくり窓のある写真を指差し「これ!これが無い!」と日本語でわめくが通じない。悔しさが極まり涙目になった私を見て、そのフロントマンは「403~501」と書いて見せた。 ガイドブックの「簡単スペイン語」にあった「両替」CAMBIOを指差し「OK!」と微笑んだ。「やったぁ!」すぐさま「501号」へ移動しようとした私を制止した彼の指は、ブックの一行を指差していた。そこには「アスタ マニア~ナ=また明日」と書いてあり、引越しは明日なのだ・・と理解できた。  

サグラダ・ファミリアの画像

【サグラダ・ファミリア贖罪聖堂 / アントニ・ガウディ】

 バルセロナ・・・といえば「サグラ・ダ・ファミリア」。大多数の人がイメージするように、私も例外なくそう思っていた。基礎知識など皆無の私ですが、建築物が好きなのです。日本にいるときも同様、文化遺産と名が付き修復期を迎えた寺社は活気をおびてくる。 静まりかえっていた境内にざわめいた空気が流れ始める・・・。一級の職人と極上の素材がこの場所に集結してくる。遠くから眺めているだけでも、このざわめきにワクワクしてくる私なのです。 「サグラ・ダ・ファミリア」には地下鉄L-5番線で向かった。「3ツ目の駅で下車!」これを呪文のように繰り返しながらつり革にぶらさがっていたが、その必要はなかった。乗客のほとんどは「サグラ・ダ・ファミリア」下車。ぎゅうぎゅう状態の箱から一気に流れ出した乗客は、自動的に私を目的地へと届けてくれた。広場から見上げるサグラ・ダ・ファミリアは想像していたよりもかなり大きな建造物でした。 しかし、初めて目にする新鮮さは無かった。それもそのはず、私たちは永きにわたり印刷・メディア情報でこの教会の存在を反復されているのですから当然のことかも知れません。天に向かって鋭く伸びた複数の塔、それを否定するかのように真横に伸びた「クレーン」の存在。 数多くの写真・映像を見るがいつも堂々とそれが「横切って」いるのです。着工から約130年、完成予定は不明。説によれば現在進行形の未完成状態の今にこそ「価値」はある・・のだそうです。まさに「クレーン」の存在はその象徴といえ、きょうも堂々と「横切って」いるはずです。

サグラダ・ファミリア内部画像

【この建造景観は感激の極みだった。】

サグラダ・ファミリア外部の画像

【鐘塔の頂部が完成した頃、ガウディはいきていたらしい・・・とガイドさんが説明していた。】

シーズンオフにもかかわらずこの人並み。いったいハイシーズンの賑わいはどれほどなのだろう。「入場券」が膨大に並び、ズンズンと行進しているように見える。どこが入場口かよくわからないまま人並みに流され、予想からはかなり離れた建物に吸い込まれていった。 中は混雑していたが、外の渋滞からすればそれほどの混雑ではなかった。しかし、工事中のホコリが降り注ぎ、わが町で繰り返されるデパ地下の工事中を思い出していた。それにしても「ここは外国なんだぁ」と今更のように「安全基準」について考えていた。頭上、2~30mのところではバリバリの工事中。 ネット越しの職人が小さく見える。そこから何かが落ちてきそうな錯覚を覚え、「日本では絶対許可されないなぁ。入場料も入ってこないなぁ・・」と何故か複雑に建主の心境になっていたのです。 外観もすばらしいが、私は内部に感動していました。通路に並ぶ支柱がすべて内側に傾斜している。(何度も言いますが私に専門的な知識なんてありません。したがって、ここで経験したことは私自身の直感・愚観がすべてなのです。) 支柱の傾斜の先はアーチになっていて、よく見ると均等ではない組み合わせになっているのです。力学的に合致しているのは間違いないのでしょうが、私にすれば不思議な構造に思えてなりません。 私は建物の中にいるというより、動物の体内にいて上を眺めているという感じでした。博物館にある骨格だけの恐竜という感じに近く、さらにいえば、大腿骨の中心部から関節部分の内部をファィバースコープで覗いているというほうがピッタリという感じなのです。 この記憶は帰国した今でも鮮明に思い出されます。「実際の現場を観ることができてよかった!詳しいことは何にも解っていないけど・・」と独り満足している私がいるのです。130年間という時の流れにどれほどの「人」と「物」が費やされたことか。これからも似たような時間を積み重ねていくのでしょう。歴史を超えて懲りない人間たちの「偉大な数珠」に心から乾杯と叫びたい。

スペインの居酒屋の画像

【なぜか入って見たくなる「ガウディ」色満点の居酒屋。】

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